恋愛がもたらす静かで残酷な仕打ち『ウエハースの椅子』感想

 「絶望」と聞いてどんな感情を思い浮かべますか?何か脅威となるものが現れたり、拠り所としていたものがなくなったりして「うわ~~~」と叫んで膝から崩れ落ちそうになる感じを俺はイメージする。わりと絶望のイメージって一般的にそんなもんと違うかな。
 この『ウエハースの椅子』を初めて読んだ時によくわからんなーという印象を抱いたのは、ここでの絶望の書かれ方と自分の中の絶望のイメージとの違いが原因だったように思う。つまり冒頭に挙げたような「激しく熱い感情としての絶望」のイメージとは正反対の、「静かで冷たい感情としての絶望」がこの小説では描かれている。

 主人公は絵を描いて生計を立てている中年女性の「私」。7年前からつき合っている恋人がいて、恋人といるときは満ち足りた気分であるという。しかし問題が一つ。その恋人は妻子持ちであり、「私」は彼に家族を手放すつもりがないことに気付いている。
 そしていつしか「私」は、自分とって恋人は世界の全てであるのに、恋人にとって「私」は世界の一部に過ぎないのでは、という思いにとらわれるようになる。しかし恋人と「私」は確かに深く愛し合っていて、2人の関係は(表面上は)何事もなく平坦に続いていく。

 そんな話。物語はとても冷静で抑えられた(まるで自分のことではないかのような)一人称で語られるも、それでもなお主人公の絶望の圧倒的な強さが伝わってくる。

 恋人は私を拒絶せず受け入れてくれるが、私のものにはならない。フラッシュバックする「はぐれ者」としての子供時代の記憶。私はこれからずっと、この現状のまま、恋人といる閉じた世界に閉じこめられ、本当の幸せにはたどり着けずに過ごしていかなければならないのか~(>_<) そんな八方塞がりの絶望感。もちろんこんな直接的に描写されてるわけではなく、自分の生活や過去の思い出、恋人との会話などを淡々と語る中で浮かび上がってくる感じ。

 愛しあう恋人がいるのに孤独、満ち足りているのに絶望してる。そんな主人公の複雑な心境に深く共感できるほどの人生経験はないけど、少なくとも主人公の絶望感の強烈さに背筋の凍るような凄みを感じて、それだけでこの小説を読んで良かったと思う。

ウエハースの椅子 (ハルキ文庫)

ウエハースの椅子 (ハルキ文庫)