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磨き上げられた戦争のノウハウ 『戦術と指揮』感想

書評 軍事

 自分と関係ないことでも、卓越した技術とか洗練された考え方とかいう人間の成果物にふれるとき、美しい芸術品を見るときと似た感動を覚える。俺は軍人ではなく民間企業に勤めるサラリーマンだし、その会社が武器を売ってたりするわけではない。それなのにこの本を読んで、戦術の奥深い世界の片鱗を見て「すげえなァー」と感嘆するのはこういうことなんだろう。
 自分が頼っている考え方、技術、理論とは別のところに別の洗練された考え方、技術、理論等の知見が確立されていて、そういうのを知れたとき、純粋にすげえなぁと思うのと同時に自分の世界がちょっと広がったような気がする。そういう、知的な贅沢をできる本が俺は大好きなんだよね。

この『戦術と指揮』はまさにそういう類の本で、読み終わった直後の俺は、めちゃ美味しいフレンチのコース料理の最後に出てくるコーヒーを飲んでる時のような、快い満足感に浸ることができた。

 さてこの『戦術と指揮』は、戦いの様々な場面において、目標達成のためにどんな行動をとるべきか、その判断の仕方が書かれた本である。この本で特筆すべきなのが、クイズ形式で話が進んでいくという独特のスタイルだ。単純に「○○の状況のとき、××の行動を取るのが良い」と書くのではなく、「○○の状況で、最善の行動はどちらか? A:△△ B:××」みたいな感じで要点部分がクイズになっている。問われると一度自分でも考えることになるので、解説が頭に入って来やすく、地味な工夫ながら大変ありがたかった。


ではこの本の面白かったところを何点かあげてみる。

■地形等の条件に応じた戦い方のセオリー
 「障害は敵に遠く渡れ」「森林では小さい単位で動く」「川沿いの防御は一歩引いたところで」など、戦術の常識らしき、地形ごとの戦い方のセオリーがたくさん解説されている。答えだけ聞いてもなんで?って感じだが、その答えである理由を聞いて納得する。この振れ幅(疑念⇔納得)の大きさがすごくて知的興奮がある。

■軍の意志決定のシステム
 軍の意思決定のシステムは官僚や民間企業のそれとは全然違うらしい。軍では指揮官だけが責任をもって作戦を決定する。参謀とか、役職の高い人等もいるけど、彼らは情報や意見を提供するだけで、決めるのは指揮官の仕事。民間だと重要な決定事項は偉い人の会議とかで決まるので責任の所在が曖昧。この違いはなんでかわからんけど、多分スピードと確実性のどちらを重視するかの違いかと思う。
 あと、命令違反に対する考え方もだいぶ違っていて、軍隊では合理的と思えば状況に応じて命令違反しても良いという考え方があるらしい。これは現場が一番戦況を良く知っているという考えから来るもので、これも戦場ではスピードが最も重視されることが原因だろう。

■戦場での意思決定の難しさ
戦術にもある程度のセオリーがあるわけだけど、戦場における状況には無限のパターンがあるので一概に当てはめることはできない。地形、敵の疲労具合、敵将の性格、抑えるべき要所、自軍の志気、等の無数の要素を考慮して目標達成のために最善の行動を素早く判断していかないといけない。一瞬の判断の遅れが致命的になり得るし、しかも戦況は毎秒ごとに変化していくので、信じられないほどの難しさなんじゃないかと思う。指揮官に対してリスペクトの念がこみ上げる。


 こんな感じで、自分と別の分野で自分の思いも寄らないことか考えられ実行されてるんやな~、というある意味異文化を知るみたいな感動がある。
 知的好奇心を満たすのに最高だったし、単に読み物としてもストーリーとクイズで構成されていてあきさせない作りになってて面白い。そして軍事とは言えど本質は目標達成のための知恵であるので自分の人生的にも示唆に富んでいる。色んな分野でこういう本に出会っていきたいな~と思った。

戦術と指揮―命令の与え方・集団の動かし方 (PHP文庫)

戦術と指揮―命令の与え方・集団の動かし方 (PHP文庫)